hiromame777のブログ

自分との対話

子どもを信じて待つの正体

子どもを信じて待つの

 

信じるとは何を信じることなのか

 

 

私は子どもの可能性だと思う

 

その子どもができるようになる

 

という可能性

 

できる力がある

 

という可能性

 

 

その可能性っていうのはつまり

 

まだ子どもが出来ない

 

未発達なこと

 

なんだけど

 

発達可能だと教師自身が

 

信じる領域のこと

 

だとすると

 

それは

 

ヴィゴツキーのいう

 

発達の最近接領域がある

 

ということを

 

信じて待つ

 

ということになるのではないか

 

 

だとすると

 

発達の最近接領域は一人ではできないけど

 

誰かとやればできる

 

(そして明日は一人でできる)

 

領域だから

 

信じて待つときに

 

子どもを一人ぼっちにしてはいけない

 

つまり

 

子どもが誰かとできるような

 

仕掛けをして待つということが

 

大事なのではないか

 

 

私なりに考えた

 

「子どもを信じて待つ」の正体は

 

「子どもの発達の最近接領域があることを信じて

 

誰かとできるような仕掛けをして待つ」

 

極めると似てくる+成し遂げたいことがある幸せ

同じような姿を目指しているが

 

そこまでの連れて行きかたが違う?

 

でも、どの連れて行きかたも

 

極めていくと

 

とても似てくる

 

それは

 

真理というか

 

人間の本質に迫るものに

 

近づくと

 

自ずとそうなるのかもしれない

 

 

極める前に

 

他の連れて行きかたと競ったり

 

批判したりせず

 

「我々は連れて行きかたが違いますが

 

目指す姿まであきらめないで

 

連れて行きましょうね」

 

と言って別れたらいい

 

 

目指す姿がそもそも違うんだと

 

目くじら立てず

 

自分の置かれた場所で

 

精一杯自分の生き方を

 

全うしたらいい

 

自分の成し遂げたいことを

 

見つけられた人生は幸せ

 

成し遂げられなくても

 

成し遂げたいと自らの意思で

 

多くの時間を過ごせたこと自体が

 

とても幸せなこと

 

だと私は思う

 

客観と主観

私は他の人よりも

 

主観的に何でも考えてしまうなぁと

 

感じることが多い

 

でも

 

自分が周りから見て主観的って

 

他の人よりも

 

客観的に

 

自分を見ることができている

 

 

独りよがりになる今日(笑)

 

 

いやこれは居直っているわけではない(はず)

 

自分で自分にあなたはあなたで良い

 

と承認することで

 

じゃあ

 

その"自分"でできることはなに?

 

できないことはなに?

 

どうしたいんだい?

 

って前向きに

 

次に働きかける動力とする

 

これが大事

 

というか

 

実はこうするしかできないことに

 

気づくというか

 

 

「自分は自分でいい」と

 

慢心ではなく

 

謙虚に

 

素直に生きるのが

 

大事?

結果よりプロセス

プロセスにこそ

 

何のために行うのかの目的が

 

反映されると思う今日

 

 

ある場面が目に浮かぶ

 

ある教師のある教室の朝

 

体育館で行われる全校集会のために

 

教室後方に並んで

 

移動する場面

 

 

教師は静かに並んで移動させたい

 

それはなぜか

 

・学校のルールだから、、、否?

・自分のクラスがちゃんと並んで移動しないとバツが悪いから、、、○?

・自分の指導力を評価されたいたら、、、◎?

 

見た目という

 

「結果」にこだわる

 

ルールを強調して威圧したり、

 

忍者だよなどといって遊びにしたり、

 

とにかく何とかして静かに並んで移動すればいい

 

と考える

 

結果重視

 

 

静かに並んで移動する、

 

それは何のために必要なのか

 

それを子ども共有するプロセス

 

が必要なのではないのか

 

むしろ

 

きれいに並んでいることよりも

 

その必要性を考える

 

プロセスにこそ意味がある

 

と感じる

 

教師の価値観が必要なのではないか

抽象度を上げて汎用的に

上田薫(2015)「人が人に教えるとは  21世紀はあなたに変革を求める」医学書院

 

を読み終えた。

 

その後、

 

同じゼミのMさんと

 

研究について話した。

 

方法じゃない

 

方法の前提にあるファシリテーターの技術

 

技術の前にある目的

 

だんだん抽象度は上がるが

 

それゆえに

 

そこを共有することで

 

他の場面にも転用可能なスキルとなる

 

これは

 

ファシリテーター技術も

 

学び合いで学ぶことも

 

同じ

 

 

 

 

 

 

人は変わることができる

どんな教師信念を

 

もっていることが

 

子どもを伸ばし幸せな今未来を

 

実現できるのか

 

 

今日Iさんと話していて出てきた言葉

 

「人は変わることができる」

 

と信じ切れること

 

これは

 

私の中で

 

ストンと

 

落ちた