hiromame777のブログ

自分との対話

単語学習 仮説

中学生の英語の授業でまずぶつかるのが、

単語を覚えて書くということである。

 

これをペア学習の工夫で効果的に覚える方法はないだろうか。

 

例えば、2人で3つ覚えるとして、そのできたかできないかの確認は、くじ引きで当たった方が書けたか書けないかにしたらどうだろう。

 

その時にペアで振り返る。

 

これを一授業に3回繰り返し、一単元行ったらどうだろう?

 

ペアでの単語練習、読解の学び合い、振り返りの授業を一単元行ったら、単語が覚えられ、予習してくる子が増えるのではなかろうか?

ペア学習

ペア学習は、教師が説明する前にそれをペアに自分の言葉で話してみるという場を提供している。

 

授業の中で、意見の交換をするということは、必ずアウトプットの場を経験することになる。

 

それを意図的に入れることで、バリバリインプット型の一斉授業から学習者のアウトプットの時間を確保し、アウトプットの経験値を高めるとともに

アウトプットのためのインプットがより促進される気がする。

その優しさって?

「優しさ」


その優しさって何?


これは、褒め言葉ではない。

 

何も考えず子どもに接する私に対しての批判的な言葉である。

 

 

子どもにに対する受容的な態度だというと聞こえはいいけれど、

 

そこには子どもに対する「子ども扱い」が根底ある。

 

どんな「大人にする」のかそのビジョンはない。

 

「教」「育」ではない。

 

 

 

子どもたちが自立できないのはなぜなのか

 

なんて考える前に、

 

 

自分の中の目印をしっかりもちたいなと思う。

どこまで見ようとするか

本当に

 

子どもたちの将来の幸せを考えるなら

 

今ある子どもたちの不幸せを

 

見なければいけない

 

 

今ある子どもたちの不幸せを

 

見ないようにして

 

自分には関係ないこととして

 

いるとしたら

 

 

子どもたちの将来を幸せにするため

 

というのは

 

それこそただの理想

 

幻想?

 

に過ぎないのではないか

 

 

今ある子どもたちの不幸せを

 

自分事として

 

見る覚悟が

 

大人にあるのだろうか

必要だと思ったらやる

やり方分からないんです

 

といううちは

 

多分

 

本気で必要だと思っていない

 

心の底から

 

必要だと思っていたら

 

やる

 

多分

学校に自由はあるのか

この質問をある先生にしたところ

 

それは、「リバティ」と「フリーダム」の違いだよ

 

と教えてくれた

 

「リバティ」にも民主的な手続きで決まったルールによるものと、

 

国王の決めたルールっていう2種類あるけど

 

私は自分が属してる社会のルールは

 

踏まえた上での

 

自由は学生に保障している

自由と自分勝手の違い

少し前の話

 

ある方が、

 

「自由と自分勝手の違いってなんだろう」

 

と私たちに問う

 

私たちはあーだこーだと

 

頭を三角にしながら

 

話し合う

 

「じゃあ、学校に自由はあるのかな?」

 

とさらに問う

 

また頭をパンパンにしたり

 

ぐるぐるしたりして考える

 

 

「結局、学校に子どもたちの自由なんてってないんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」

 

うーーーん

 

すごく考えた

 

 

それから1ヶ月

 

そんな話をしたことも頭の隅っこに追いやられて

 

忘れかけていたのだけど

 

読んでいた本の中に「自由」という言葉を見つけ

 

また、フラッシュバックする

 

"実存主義とは気づき、そして選択することができるという立場をとっています。そして選択することができるということが〈自由〉ということの本当の意味なのです。"「気づきのセラピー はじめてのゲシュタルト療法」百武正嗣 春秋社

 

また、ぐるぐるする

 

自由になるためには気づかないといけない

 

じゃあ

 

自分勝手は気づいてない?

 

何に?

 

この本によると、"私という存在が〈死と孤独〉への不安を持っていることに気づいた時に初めて、そのことを乗り越えるために自分はどのような生き方をしたいのか〈選択する〉ことができるようになる"

らしい…

 

不安に気づくと、選択できるようになるの?

 

 

この前一緒に

 

頭を三角にして考えた友達に

 

今度あったら聞いてみよう