地域も個人じゃなくてチームで
戦後70年
つながれない社会の実現?
母親の心配事
今は地域の行事を運営しても何も感謝されない
感謝されないどころかありがた迷惑という人もいる
これじゃ、役を引き受けてやろうなんて人は
これからいなくなる
母親の心配事②
世の中変な人はいっぱいいる
親子でもめて別々の小屋に住んでて
50代の息子が父親の小屋のガラスを割りに行く
見るたんびに空いているガラスの数が増えている
自分の所に被害がないように必要以上に関わらないしかない
(でもかわいそうだ)
私の祖父が小学生の頃、今は廃校になっている地域の小学校には何クラスも学級があった。多い時には、7クラスもあったそうだ。
その人たちのほとんどは、家を出て関東の労働力として働く。
私の祖父は13人兄弟だが、長男以外は家から出て半分以上は関東で生計を立てた。
残った人たちが地域を支える。消防や地域の人足、祭りなどの地域の行事、まだ当たり前のように多くの人が関わって運営していた。
きっと、この時だって変な人はいた。でも、それをみんながわかってなんとかやっていた。
必ずリーダーがいて、多くは「○○さんにやってもらってありがたい。」「自分ができることがあればやる。」という雰囲気があった。
今は…
というところから出てくる母親の心配事を聞いていると、戦後70年の社会や教育は、私の地元に関して言えばつながれない社会を実現したといえる。
これからますます、人口が減少する中で、
地域が個人じゃなくてチームでいることは
一人一人の安全で安心な生活に直結してくると強く思う。
地域を運営する立場になるまでに、
学校でつながる経験、その良さを実感させるのが
これからの子どもたちに自分ができることだと思う。地元に残らなくても、その経験は必ず生きるスキル。
ただ、母親が付け足したのは、
昔は、協力しないとやっていけない世の中だったから協力していた。
今は、なんでも便利になって個人でもなんとかなる。だからそれぞれ、勝手なことができるのだろう。
ということ。